2005年04月30日

過剰学習

一般に学習心理学では、ある学習完成基準をもうけ、そこに到達することをもって学習が成立したとみなす。
過剰学習とは、学習完成の基準に到達したのちにも、なお試行や訓練を継続することをいう。

過剰学習をすると、消去抵抗がより強くなる。過剰学習は、一般に学習の強度を高め、したがって刺激と反応の連合の強度を高めるものと考えられた。

例えば、無意味つづりの系列学習において、学習基準到達後に50%や100%の過剰学習をおこなう群をつくり、数日後に記憶の保持の程度をしらべると、統制群よりも過剰学習群のほうが成績がよく、しかもより多く過剰学習した群のほうが成績がよく、後の学習への転移効果(→ 学習の転移)も過剰学習群のほうが大きい。

ところが、古典的なこの学習理論は、実は正しいとは言えないようだ。

例えば、白い円板と黒い円板をネズミに弁別させ、褒美と罰を与えるという課題を用いて訓練してみる。
通常の学習基準(連続10回正答)の統制群と、過剰学習基準(学習基準後さらに100回とばせる)の実験群をつくり、それぞれの基準に達したのち、正答と誤答をとりかえて正答の円板にむかってとぶ逆転学習をおこなわせると、興味深い結果が得られた。
過剰学習群のほうが、統制群よりも学習基準に早く到達したのである。

ドリルのような反復学習は、一見したところ無味乾燥で無意味にみえるが、実際にはそれによってある種の「学習のコツ」が習得されている可能性があるということである。

さらに、創造性などを研究する人たちにとっても、反復練習は頭をかたくするという俗説は否定されるべきであり、芸術の世界などで活躍する創造的な人の業績の多くは、基礎技術の反復訓練(過剰学習)をくぐりぬけた結果である、という認識にいたった。

参考「マイクロソフトエンカルタ 2003」

「オレは天才だ!」とか思う人も、マジメに基本をコツコツやったほうがよい、ということのようですな。

一般に、創造性の高い人は上位概念への昇華が早いと思う。ブルーナーの言うところの「非特殊的転移」である。
言い換えれば、新しいものを作る人は、モノを見るとき、常にそのエッセンスを見つめている。
基本をコツコツやっている間も、きっとそっちによく目が行っているのだろう。

あと、オブジェクト指向的に言うと、創造性の高い人は、同じものの同じ振るまいを見ているときでも、プロパティとメソッドへの認識の幅・深さが違うと思う。
本当に創造性の高い人なら、ビール瓶1本の属性からだけでも20の物語を作れるはずだ。

「なぜなら」がない会話に終始する日本人は物事をぼんやり見ている。創造性は、確かな認知、分析力をもとに生み出される
- つくば言語技術教育研究所所長 三森ゆりか
http://www.konesite.com/weblog/archives/2005/01/post_28.html

もちろん、「日本人だから創造性が無い」というわけでもない。

Posted by kone at 2005年04月30日 07:39 | トラックバック
コメント

ファンタースティック!

Posted by: at 2005年08月20日 00:00

時計が1時間ずれてますよ?

時差?

Posted by: at 2005年08月20日 00:06

どなたか存じ上げませんが、どうもです (^^

Posted by: kone at 2005年08月28日 08:29
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