2008年7月アーカイブ

「これまで、タイムマシンに乗って未来からやってきた人はいなかった。だから、将来タイムマシンが完成して我々が自由に時間の間を行き来することはできないはずだ」
スティーブン・ホーキングがそう言うのを聞いて、「そりゃ、おかしいでしょ。地球の上で考えてるからそんな発想なんだ」と思った人がいる。

彼の主張はこうだ。
地球は、太陽の周りをものすごい速さで公転している。太陽は、銀河系の中をもっとすごい速さで公転している。銀河系も、アンドロメダ星雲の方にものすごい速さで移動している。宇宙自体も動いている。そんな中、ほんの1ヶ月くらい前の今の場所に戻ろうとしただけでも宇宙のまっただ中じゃないか。
彼の計算によると、1ヶ月前に戻れば地球から10億500万4800km、1年前に戻れば121億6000km地球から離れたところに来てしまうらしい。
だから、未来にタイムマシンができたって、今この時点の地球にやってくるのはとても大変なことなんだ。

彼の発想はそこで終わらない。

それじゃ、もしもタイムマシンが完成したら?

宇宙に物質を運ぶには巨大なエネルギーが必要だ。実際、ロケットが使うリソースのほとんどは大気圏からの脱出に費やされている。

でも、もしもタイムマシンが発明できたら、ほんの1秒未来か過去に行くだけでも何千キロも離れた宇宙に突然出現することになる。それって、あっという間に宇宙に出ちゃうってことじゃないか。

そんな研究が、NASAなども取り組む宇宙エレベーター建設の研究にも活かされたりする。

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アニリール・セルカンは、1973年ドイツ生まれのトルコ人。

イリノイ工科大学建築学科卒業、プリンストン大学元講師(数学)、ケンブリッジ大学物理学部特別科学賞受賞。東京大学大学院博士課程卒業。

これだけだと普通の(?)一流科学者風だが、ぜんぜんそんな人ではない。

スキーで国代表になったこともあるトルコ人初のNASA宇宙飛行士で、8カ国語を話し、3つの古代言語も用いることができる、要するに多才な人なのだ。
(ちなみに、氏のブログはなんと日本語!! http://blog.anilir.net/

小学校の頃、ドイツの科学コンテストで入賞し、それがきっかけでスイスの寄宿学校に行くことになる。
結局寄宿学校はボヤ騒ぎがあって中退することになってしまうのだが、今度はその当時の仲間たちだけで全長37kmの銅線を地元のサッカー場にまきつけた巨大コイルでタイムマシンを作ろうとし、地元メディアにも話題にされるなか実験を行ってみたりもする。

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本書「宇宙エレベーター」は、そんなアニリール・セルカンの、気軽な科学エッセイというところ。

話の内容も、宇宙とは、次元とは、時間とは、原子とはといった現代科学が探求する問題を扱ったものから、彼の経歴であげたような少年時代の巨大な科学実験の思い出、古代の記録から考える現代科学への考察まで、非常に多岐にわたる。

池の鯉から見た世界ってどんななんだろう。サンタさんが一晩で子供にプレゼントを渡し切るには、どういった技術を活用すればよいのだろうか、そんなことについての想像なんかも交えながらされていく世界観には思わず引き込まれる。

古代史が好きだという方にとっても、シュメール人の石版やインドの聖典を自ら読み解きながら当時の人々の高度な知識や技術、そして過去の「最終兵器」について考察する下りは、古代語を自由に扱う現代の超一流科学者としての視点で書かれており、非常に読み応えがあるものと思う。

数式は出てこないが、図は多い。文字数も少なく、とても楽しく読める。
決して難しい科学書ではなく、さーっと読めば1時間もかからないような本なので、ぜひみなさんにお勧めしたい一冊だ。

宇宙エレベーター アニリール・セルカン
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4479391398/konesweb0f-22/

アイデアのつくり方
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4484881047/konesweb0f-22/

1800年代後半生の著者による、ほとんど小冊子としか言えないようなサイズ・分量の本。それに、竹内均の、本編とどっちが本編なんだかという分量の解説が入る。

広告人と物理科学者。二人の偉人による同じテーマについて書かれた小冊子が一冊にまとまった本といったところだ。
簡単に読めるので、誰にでもお勧めしたい。

内容は、いたって率直でシンプル。

著者のヤングの言う、すぐれたアイデアが生み出される過程は、須く以下のようになる。

1. 情報の収集
2. 集めた情報の咀嚼
3. 放っておく
4. ハッと思いつく
5. 忘れないうちに形にする

情報の収集は、執拗で幅広く、多いほどよい。情報咀嚼の過程では、多くの組み合わせについて検討するほどよい。

解説の竹内は、情報の収集にはどん欲であるべきで、大学教養課程のような一見自分に無関係に見えることでもまじめにやるべきだとする。また、情報の咀嚼は、「この情報とこの情報は無関係である」という棄却は行わず、KJ法などの手法を用いてでも(そうすることで、いわゆる「発想の天才」に近い成果を出すことが容易になるという)徹底して行うべきだとする。

竹内は、この徹底の成果として、「大陸」は「移動する」というウェゲナーのアイデア、「元素」には「周期性」があるというメンデレーフのアイデアを紹介している。

また、広告業者と物理科学者というまったく対比的な職業に従事するヤングと自分とは、アイデアの作り方について「ぴったりと一致していた」という。
その点も興味深い。

禅の思想で、「無常説法」というものがある。
森羅万象、山川草木が自分に仏法を説いていると感じることができるか。無心になり、それを受け入れることができるか。

ニュートンは深い問いかけをもってリンゴが木から落ちるのを見て万有引力を発見した。ダーウィンは、深い問いかけをもって生物を観察し、進化論の基礎を見いだした。

広告アイデアの発見も科学法則の発見もこの世の真理に対するもうひとつの発見にしかすぎないとするならば、観自在菩薩とはいかないまでも、何事にも心を閉ざさず森羅万象を観察する姿勢こそが「諦らむ(明らむ)」道なのだろう。
あらためて、そんなことを思った。

「僕は、小学校四年から米長先生の内弟子に入りましたけど、内弟子の経験が将棋を強くするなんて思いません。だって、昔の人だって、内弟子やって八段名人になった人はごく一部で、あとは下のほうにいたわけですから。昔は内弟子という方法しか将棋を学べなかっただけですよ。将棋の世界は、強い者をまわりがいっそう強くするようなところがあるんです。僕がウチで私生活で学んだのは、自分のことは自分でやるしかない、そのことです」

出典は、「人生一手の違い」(米長邦雄著)
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プロ棋士先崎学先生の某雑誌でのインタビューとのこと。

環境は大事ですね。

それから、以下の米長先生の言葉も印象に残った。

「私は、子供の棋士としての将来を予測する際、三つの尺度を使う。神様ではないから100パーセント当たるというわけではないが、九割以上の確率だろうと自負している。...第一の尺度は、当然、才能である。...尺度の二つ目は、本人の姿勢だ。簡単に言えば、将棋が好きかどうかである。...つまり才能はあるのだが、あまり将棋が好きでないという子が、ときとしている。こういうタイプは、必ず伸びが止まる。これは、研究会を開くと分かる。...尺度の三つ目は親である。...親自身の生きる姿勢と、子供に対する"思い"が、そのこの人生を大きく左右する。...少なくとも、そういう親の子供は、将棋で大成しないか、幸せになれないかのどちらかである。また、どんな道に進んでも同じことだろうと思う。」

「登山と同じで、麓や山腹からや山の全貌は見えないが、山頂からは下がすべて見える。その少年がA級八段、タイトルを争う棋士になるか、B級までいけるか、C級止まりか、あるいは四段になれるかといったことは、上から見るとだいたい見分けることができる」のだそうだ。

米長先生自身、佐瀬先生の弟子になる際両親には「八段を保障する」と言われたらしい。

一流は一流を知るというか。
「栴檀は双葉より芳し」とも言うが、その香りを嗅ぐことのできる一流というのはすばらしいと感じた。

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