対談!サッカーバカ


トコトン話してこれほどおもしろいサッカーバカはそういない。しかも、彼に会ったのは1年以上ぶりだ。
彼に会うのは去年の帰国直後に彼を訪ねて大阪に行って以来だと思うが、そのときもここまでの話はしなかった。
もう一生こんな日はないかもしれない。

彼が来たのは10:30ごろ。それから15:00を過ぎて僕が看護婦さんにシャンプーに呼ばれるまで、延々と会話は続いた。
その間僕は昼食を食べたが、彼が食べたものは自分で持ってきた僕へのお土産のカフェオレムースケーキだけだった。
病院のもの意外は食べれないので、僕はその土産物を主に同室の整形外科の患者さんに配った。


彼の話ははっきり言って全部おもしろかったのだが、あえてひとつを特筆すれば。

実は彼は、このあいだの「コンフェデレーションズカップ 日本-オーストラリア」を観に横浜まで来ていたらしいのだ。
横浜国際競技場の質の高さの象徴として彼が挙げたのが、後半43分、森島のヘディングシュートがクロスバーを越えたシーン。

言われてみるまで気がつかなかった。あの日は豪雨だったのだ。

あれだけの悪天候の中で、ヘディングしたボールが弾んでバーを越えた。
フィールドももともと固いのかもしれないしゴールキーパーがボールにわずかに触っているかもしれないが、それを差し引いて考えたとしても、並みの水はけではそこまではいかない。
あのシュートの時点でも大雨だった、と彼は言っていた。
テレビで見ていた僕が見逃していた点だった。
彼ほどの人間が現地で観ているのでなければ、なかなかそこまでは気がつかないだろう。

日本にはそれほどの競技場がW杯決勝の舞台として準備されているのかと思うと、うれしかった。


その他、彼の話から3つほど。

昨日の紺フェデレーションズカップ準決勝戦のチケットを取るために上京したときは、夜行バス−チケット−いちおう一泊−夜行バス、と、本当にトンボ帰りだった。
いっしょについて来てくれた女の子とは、どうやらそれきりらしい。
横浜での試合のあとは、ずぶ濡れになって着替えがなくなったので、夜行バスの中で彼はパンツ一枚だったそうだ。

今回の彼の旅行は50日間。トルコ、クロアチアではサッカーを見ていないにもかかわらず、観戦した試合は15試合。
彼がW杯欧州予選の週に観にいったのは、ポルトガル-オランダ等の好カード目白押しだったにもかかわらず、何故かウェールズ-ウクライナ。

バルセロナで日曜日に試合があるという情報を信頼して当日にバルセロナに到着したら、試合は土曜日だった。
やむを得ず次節まで待って、パンプローナというサンフェルミンの牛追い祭り以外の時期には本当に誰も日本人など来ないスペイン語しか通じないような田舎に行って(当然彼はスペイン語は話せない)、2部降格争いをしていた当地のローカルチーム「オサスーナ」とバルセロナとの対戦を観て、しかもその試合はオサスーナが3-1で勝った。
ちなみに昨日彼が持っていた手帳はバルサ、ボールペンはオサスーナのもので、両方ともカラーパターンが紺と臙脂。


僕が出した話からも少し。

ミラノ・ダービーを観戦するために、南仏某所でフランス娘をやむを得ず泣かせてしまった話。

サンチャゴにある国立競技場 Estadio Nacional で行われたある好カードの試合の後、座席に火を放とうとする負けたチームのファンとグランドに入って来た放水車との格闘の様子の話。

ブエノスアイレスで乗ったタクシーで、運ちゃんに
「君はボカのファンか?リーベルのファンか?」
と尋ねたら、
「インディペンディエンテだ。」
という答えが返ってきた話と、サンチャゴのとある街角で立ち話をしていたとき、近くにいたオヤジに、
「君はラ・ウーのファンか?コロコロのファンか?」
と尋ねたら、
「アウダックス・イタリアーノだ。」
と返事がきた話のセット。


夕方、携帯に彼から着信が入った。
なんだろう、忘れ物でもしたのか?と思って、ちょうど用事もあったので、僕はしばらくしてからロビーに行って彼に電話をかけた。

「聞いてくれ。俺は感動した。」
彼はまずそう言った。パラグアイ、ユーゴスラビアどちらかの国歌と思しき音楽が彼の背景にかかっているのが聞こえてきた。

「チラベルトがフリーキックの練習をしていた。あんなもん、はじめて見た。この感動を誰かに伝えんわけにはいかんかった。」

「そいつは、よかったな。楽しんでくれよ。」
僕はそう言って、彼を祝福してやった。

01/06/29


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